【失敗しないSalesforce導入】#3 − 論理と感情

株式会社こころみでは、傾聴型業務可視化ソリューション ”ディープリスニングコンサルティング” を通じて、さまざまな企業の業務変革を支援しています。先日開催したセミナーでは、「失敗しないSalesforce導入をいかに実現するか〜導入から成果創出まで押さえるべきポイント〜」と題して、営業DXの中心となる Salesforceの導入をテーマに講演を行いました。
本ブログではこの講演内容からトピックをピックアップして解説していきます。
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第3回は「論理と感情」です。
前回、「テクノロジー、プロセス」だけでなく、「人・組織」も考える必要があるという話をしました。
今回はその続きとして、なぜ「テクノロジー、プロセス」だけでなく「人・組織」も重要なのか、について深掘りするため、「論理と感情」について考えていきます。
論理と感情
「人は理屈では動かない、感情で動く」
そんな言い回しは様々な場面で聞かれます。
- 論理と感情
- 左脳と右脳
- ロジカルとエモーショナル
- 理解と納得
- 頭と心
- 理性的と感情的
- 客観的と主観的
いろんな対比の言葉で表されますが、人の物事の捉え方、思考の仕方、人を動かす要因を、対極にある2つで表しています。
ビジネスの現場では、論理的であるべし、と考えられていることがほとんどではないでしょうか。「数字、ファクト、ロジックから導く」「ロジカルシンキング」などの言葉に表されるような論理的な思考が重要視されています。もちろん、感覚論だけの戦略のないビジネスで簡単に成功するわけもなく、論理的思考が重要であることについて、否定する余地はないでしょう。
しかし、昨今では、成果を上げるチームを作るには「心理的安全性」が大事だ、など、人の心や感情をとらえることが重要であることも叫ばれていますね。
これはなぜでしょう。
営業DXの場合
営業DXを例に考えてみましょう。Salesforceなどのテクノロジーを導入して、営業プロセスを完璧に作ったとしても、人はプログラムのように正確に仕事を行うことができるわけではありません。指示を与えればすぐにそのとおりに動くチームなど見たことありますか?人は、常に雑多な感情を持ちながら、不安定な状態で業務を行っているからです。作業中に話しかけられると気が散る、一日中歩き回ると疲れる、上司に叱られると気分が滅入る、当然ありますよね。だから、たとえば、新しい営業プロセスを導入して、マーケティング・インサイドセールス・営業と明確にチームを分けると敵対的な関係になってしまったり、逆に、一人でなんでもこなすマルチタスクにしてしまうと作業効率が落ちてしまったりということが起こってしまいます。
論理と感情、どちらも重要なのは間違いない
先達から学ぶ意味で、書籍から引用して、これを説明してみたいと思います。
まず、一つ目は、かつて「もしドラ」という小説のヒットで話題にもなった、古典的名著であるピーター・F・ドラッカーの「マネジメント 基本と原則」から。ここでは、論理的にとらえた「仕事」と、感情的・人の側面から捉えた「労働」という言葉で表されています。
仕事と労働
引用:「マネジメント[エッセンシャル版] – 基本と原則」P.F.ドラッカー著、上田 惇生 翻訳/ダイヤモンド社出版/2001年12月14日発行
“仕事と労働(働くこと)とは根本的に違う。仕事をするのは人であって、仕事は常に人が働くことによって行われることはまちがいない。しかし、仕事の生産性をあげるうえで必要とされるものと、人が生き生きと働くうえで必要とされるものは違う。したがって、仕事の論理と労働の力学の双方に従ってマネジメントしなければならない。働くものが満足しても、仕事が生産的に行われなければ失敗である。逆に仕事が生産的に行われても、人が生き生きと働けなければ失敗である。”
もう一つは、営業DXを考える上でぜひご一読いただきたい書籍です。Salesforce、Marketo という米国を代表する B2B SaaS 企業で培われた営業のベストプラクティスをまとめた最近のベストセラー書籍「THE MODEL」、この中でも同様のことが書かれています。
“実戦で通用するというからには概念だけでもダメ、プロセスだけでも不十分だ。プロセスを動かすのは、最終的には人間。いくら科学的なプロセスを導入しても、そこに介在するのが人である限り、ヒューマニティを無視しては絶対に機能しない。”
引用:「THE MODEL マーケティング・インサイドセールス・営業・カスタマーサクセスの共業プロセス」福田康隆著/株式会社翔泳社出版/2019年1月30日発行
このように、業務を論理的な側面から、プロセスやデータで分解して、より効率的な、より精度高いオペレーションを作っていく。それはもちろん重要なことです。
これと同時に、この業務を行うのが人であれば、そこにはモチベーションがあり、スキルがあり、体調やストレスがあり、悩みも苦悩もあり、思いや意志があります。だから、人の力を最大限引き出すための仕組みづくりもまたとても重要であるのです。
論理と感情に対応するアプローチ
論理的に業務を改善するのは、前回までの記事でもふれたように、業務をプロセスやデータで分解して理解し、あるべきテクノロジーやプロセスへ変えていく方法です。社内だけで進めるのが難しい場合は、ビジネスコンサルティング、ITコンサルティングの力を借りることもあるでしょう。プロセス、テクノロジー、データがどうあるべきかについて、自社にはない知見をもたらしてくれるでしょう。しかし、人の感情や組織の力学への対応がおろそかになりがちです。
人の感情や組織の力学の部分にへの対応は、一般的には人事部門の領域、または、各部門の管理職に委ねられている場合もあるでしょう。社外の人材を使う場合には、カウンセリングやコーチングという個人へのアプローチや、人事コンサルや研修サービスによる制度設計やチームビルディング研修などのチームへのアプローチがあります。こちらだけだと、やはり、テクノロジーやプロセスなど業務自体を変えていくことは難しいです。
つまりは、論理と感情、どちらか片方だけのアプローチでは足りないため、業務において成果を出す責任を負う人は、この両方の側面をマネジメントする必要があります。それを担うのは、具体的には、業務をマネジメントするマネージャー、プロジェクトをマネジメントするプロジェクトマネージャー、さらには会社のマネジメントです。
感情が大事な理由、それは、人は感情で動くから
人の行動は主に感情や心の動きに強く影響を受けます。
ここでは、いくつかのケースから学んでみます。
ケース1:顧客は感情的に満足しないと行動は変わらない
BtoCの領域ではありますが、興味深い論文があります。
これについて日本語で解説されている動画があります。(8:55から解説されています。)
アメリカン・エキスプレスの顧客サービス=お客様の「感動体験」を導くには! <特別講座>カスタマーエクスペリエンスが示唆するコンタクトセンターの未来(前編)
結論を簡潔に言うと、
- 頭で(論理的に)満足した顧客の行動は、不満足を示した顧客とほぼ同じ。
- 心で(感情的に)満足した顧客の行動は、頭で満足した顧客や不満足を示した顧客より、サービスの継続率や購買単価においてはるかに良い結果となった。
- つまり、顧客の満足をただ追い求めるのではなく、顧客が心で(感情的に)満足する体験を提供することが、購買単価の向上・継続率の向上等、企業の収益貢献の上では重要といえる。
論理的に理解して満足した顧客でも実際の行動は不満足の人と変わらないが、感情的に心で満足すると人の行動は変わる、という一例です。
つまりは、「早い、安い、軽い」などスペックとして好きになるよりも、「なんとなく、雰囲気的に、信頼できるから」好きと言われる方が、企業にとっては良い顧客ということになります。
この論文の結果により、コンタクトセンター業界では、顧客の質問・疑問を解決することだけがゴールではなく、顧客の不安を安心にかえるなど感情的な満足をもたらすことをもう一つのゴールにするべきという理解が進みました。
ケース2:働く環境において心理的安全性がチームの成果につながる
働く環境の観点でも同様の話があります。チーム作りのテーマにおいては、昨今、頻繁に耳にする「心理的安全性」の話です。
Google社が、社内調査で生産性の高いチームに共通する特徴を分析しました。
その結果として、より重要なもの上位2つに「心理的安全性」と「相互信頼」を挙げています。
意思決定プロセスを示す「構造と明確さ」も3番目に入っているので、チームを構成するプロセスといった論理的な側面ももちろん重要であるものの、より重要とされているのが、「心理的安全性」と「相互信頼」といった働く人の心の側面だと言えます。
これもやはり、「チームの成果」という人の行動により生み出されるものに、大きく影響を与えるのは、論理的な側面よりも感情的な側面の方が重要であることを示しています。
このようなケースを見ると、業務変革だDXだと新しいことをやろうとして、やるべき理由・やらないリスクを整理して、きちんと資料をまとめて論理的に説得したとしても、感情的な部分での対応をおろそかにすると、納得しない人は納得しない、抵抗する人は抵抗する、なんて一見理不尽に思えることが、実は当たり前に起こりうることだと思えてきたのではないでしょうか。
感情のことを考えずに進めるとどうなるか ー 抵抗される
「業務変革しようとしたけど、現場の抵抗で頓挫した」などよく聞く話です。抵抗するのは現場とは限りません。経営が抵抗する、○○部が抵抗する、など、どの職位でも起こり得ます。
それは、その人たちが怠惰だからでも、悪意があるからでも、ありません。新しいものに対して、人が抵抗するのは自然なことでなのです。
人が抵抗する理由は、様々説明がつきます。
人が抵抗する理由 − 行動経済学で考える
要因として、現状維持バイアスが挙げられます。
- 現状維持バイアス:不明確な将来より現状の方がよく見えてしまうこと。
これを説明づける他の性質がいくつかあります。
- 保有効果:今持っているもの、使っているものの価値が自然と高まる
- 人は一度手に入れたものは手放したくなくなるという性質があります。今使っているものをひいき目で見てしまうため、今使ってるシステムのほうがいいという気持ちになる。
- 損失回避性:損はしたくないという心理。
- 例えば、資産運用を30年行えば50%増えると言われても、資産が減るかもしれない。損をするのが怖いから定期預金に入れようとなる。
- 新しいシステムを入れると、やりにくくなってしまうのではないかと、ネガティブな部分に気持ちがいってしまい、新しいシステムより今のままがいいとなってしまう。
- 確証性バイアス:確実なものがいいという心理。
- 新しいものはどうなるかわからない。分からないものは不安。メリットがあるかもしれないけどとにかく怖いし不安なので、今あるものの方が安心できる。
- サンクコスト効果:今まで改善してきたこと、積み重ねてきた時間などをもったいないと思う気持ち。
- 新しいシステムやプロセスを導入した方がはるかに便利になると理解していたとしても、今までのシステムで改善に費やしてきた時間や労力を考えると今のものを使いたいと思ってしまう。
つまり、「新しいもの」と「現状」を単純に比較したときに、「現状」の方に価値を感じやすいのです。
人が抵抗する理由(コストで考える)
コストは5種類にわけることができます。
・経済的コスト(お金)
・時間的コスト(時間)
・肉体的コスト(手間・労力)
・頭脳的コスト(思考)
・精神的コスト(不安・心配・気遣い)
一般的に、新しいシステムを導入するのは、経済的コスト(人件費が減る)・時間的コスト(工数が減る)・肉体的コスト(手間が減る)を下げるためです。しかし、そこに関わる人にとっては、頭脳的コスト(新しいものを学ぶ)・精神的コスト(変化への不安)が上がりそうだと感じられれば、新しいものを選びたくないと思いがちです。ざっくり言えば、「新しいシステムは必要なのかもしれないけど、なんかめんどうだからいらない」という感じですね。
推進する立場の人にとっては、「経済的コスト」「時間的コスト」「肉体的コスト」が減ることのメリットが大きく見えがちで、「頭脳的コスト」「精神的コスト」は少なく見積もっています。なので、「ぜひやるべき」と思えます。
しかし、多くの他の人にとっては「経済的コスト」「時間的コスト」「肉体的コスト」がどれだけ減らせるのかよくわからず(理解しててもあまり信じられず)、新しい仕組みを憶えたり学んだりする「頭脳的コスト」や、変化が起こることの不安など「精神的コスト」が目立って大きく感じられるため、新しいものに対して抵抗してしまうのです。
では、この理屈で言えば、「経済的メリット」「時間的メリット」「肉体的メリット」がどれだけ減るのかきちんと説明して、「頭脳的コスト」「精神的コスト」を減らせるようマニュアルや説明会を準備して、「現状維持バイアス」を上回るメリットを感じてもらえばいい、という結論になりそうですが、そう簡単でもありません。抵抗する人にとっては、「頭脳的コスト」や「精神的コスト」は「なんかやだ」という感情でいくらでも大きくなりがちなため、論理的な説明や説得では考えを変えられないからです。
感情に対応するにはどうするのがいいのか – まず「聞く」こと
では、この「感情」に対応するにはどうするのがよいのか。
まず、その人たちの話をきちんと「聞く」ことです。そして十分に理解することが大事です。
これは、古典的名著「7つの習慣」でも同じように説明されています。
第5の習慣 – まず理解に徹し、それから理解される
引用:「完訳 7つの習慣 人格主義の回復」スティーブン・R.コヴィー (著), フランクリン・コヴィー・ジャパン 翻訳/キングベアー出版/2013年8月30日発行
“相手を本気で理解しようと思って聴くから、あなた自身も相手から影響を受ける。しかし、自分も心を開いて他者から影響を受けるからこそ、他者に影響を与えることもできるのである。こうしてあなたの影響の輪は広がり、やがて関心の輪の中にあるさまざまなことにまで影響を及ぼすようになっていく。”
この言葉が示す通り、相手に自分の提案を理解して受け入れてもらうには、まず最初に、徹底的に相手のことを理解する必要があります。そして、十分に聴き、相手の考えや立場を相手以上にうまく説明することで、「この人は私のことを聞いてくれた。十分にわかってくれた。」だから、「この人は信頼できる。この人の言うことには価値がある。」とこちらの提案を受け入れてもらいやすくなります。
この「聞く」「理解する」というステップをすっ飛ばして、最初から「提案する」ことをするならば、その提案がいかに「コストが下がる」「効率が良くなる」「革新的である」と論理的に説明しても、なかなかに受け入れてもらえないのです。それは、例えるなら、あなたと会ってもいない話もしていない医者が「これ飲めば健康になりますよ」と処方してくれた薬はこわくて飲めない、のと同じです。きちんと医者が診てくれて、自分の状況を理解してくれた上で処方される薬だから、「自分にとって価値がある」と思える。だからその薬を飲めるのです。
つまり、人に何かを理解してもらいたいときには、論理的な説明や説得をする前に、まず、その人の話を聞くことに徹し、十分に理解し、相手のことを理解したことを伝えることがとても効果的なのです。
まとめ
今回、「論理と感情」について考えました。
- 論理と感情、その両方をマネジメントすることが大事
- 営業DXを考えるときも、論理的に設計できる「テクノロジー」「プロセス」だけでなく、感情に影響を受ける「人・組織」も考える必要がある
- 感情に対応しないと、人は抵抗する
- 新しいテクノロジーの導入や業務の変革が、いくら理屈の面では正しいとしても、人が抵抗するのは当然のように起こる
- 感情に対応するには、「聞く」ことが重要
- 「聞く」「理解する」ことに徹してから、それから提案をすることではじめて「理解してもらう」ことができる
DXや変革といった大きなテーマに限らず、日々の業務のマネジメントにおいても、あらゆる場面で「論理と感情」のそれぞれの側面でとらえることの重要性が、今回お伝えしたかったことです。
なにか新しいことをはじめるとき、改善をこころみるとき、それが論理的に良くなっているのかを考えるのと同様に、感情的にも良い仕組みになっているのか、2つの側面を常に考慮することで、より確度の高い変革や改善を実行できるようになるはずです。
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弊社のディープリスニング・コンサルティングでは、傾聴の技法を使って、業務の現場の方から経営まで幅広い方々にインタビューを行います。その中で、業務と課題の可視化のためのヒアリングを行いますが、同時にその方々のことを深く理解し、思いを受けとめることにより、信頼関係を築くことを重要な目的としています。つまり、「まず理解に徹する」ことにより、これから行う変革が正しく「理解される」ようにします。
論理と感情、その両方の側面で、現状の業務と課題を把握し、目指す姿に近づけていくために、ディープリスニング・コンサルティングでは「論理的理解と共感的理解」を重視し、強みとしています。

DXや業務変革を進めるにあたり、どこから手をつけていいかわからない、うまく進められない、といった課題がもしあれば、ぜひご相談ください。まずは現状の懸念からお聞きしますので、こちらからご連絡ください。
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